真冬である。
由起夫とノン子は揃いのPコートの襟を立て肩をすくめて寒そうに歩いている。
寒さを紛らわすためか由起夫が鉄腕アトムの歌を間違った歌詞でうたっている。
「山を越えて〜ラララ星のアナタ〜♪」
あまりに適当な歌詞でうたうのでそれを知っているノン子は思わず「いい加減にも程があるわね」と言った。
由起夫は「いい加減」という言葉にまったく心当たりが無いらしく「これはトロロの歌さ」と自身満々に応えた。
「トロロ?」とノン子は思った。
そして暫く考えて結論を出した。
「トトロ」である。
由起夫は鉄腕アトムの歌を間違えて憶えたうえに、それを「トトロ」の歌と勘違いして、さらに「トトロ」を「トロロ」と憶えてしまっている。
何一つ正しい箇所が無い。
すべて誤りである。
会話が終わると由起夫は歌をやめて、二人は何も言わず寒さに肩をすくめて歩いている。
二人の横を季節感を無視した妙に薄着の西洋人が闊歩して通り過ぎた。
由起夫が「頭おかしいな」と呟くと、ノン子も「頭おかしいね」と呟き微笑みあった。
由起夫がまた「トロロ」の歌をうたい出した。
ノン子は「頭おかしいね」と今度はひとりで微笑んだ。