お爺ちゃんはお洒落だった。
ちょっと買い物に行くのにもスーツを着る様な人だった。
いつも薄くなった髪をポマードで固め、ソフト帽を被り、ステッキを持って出掛けてた。
小柄で華奢だったけど凄くハンサムだった。
ボクは粗野で汚い子供だった。
でも、お爺ちゃんはボクをとても贔屓に可愛がってくれた。
小学生の頃、ボクはよくお爺ちゃんの散歩のお供をした。
二人で出掛けると途中で何か必ず御馳走してくれた。
それは菓子パンだったり昼食だったり色々だった。
お爺ちゃんはウスターソースが大好きだった。
散歩の途中で自分が食べる物には、何でもかんでもジャブジャブとウスターソースをかけた。
家でそんな事をしたら、皆に非難されるから控えていたけど、ボクと二人の時はその反動でジャブジャブかけた。
信じないかもしれないけど、サンドイッチにもかけたし、醤油ラーメンにもかけた。
信じないかもしれないけど「おいしいの?」ときくと「おいしいぞ」と笑顔で言ってた。
散歩はすなわちウスターソースみたいな感じだったけど、いつも楽しかった。
ボクはお爺ちゃんが大好きだった。
だけど中学生になったボクは、お爺ちゃんにめったに会いに行かなくなった。
いつも会いに行かなくちゃと思っていたけど、行かなかった。
大人になるにつれ会いに行かないのが普通になった。
お爺ちゃんが死んだとき、会いに行かなかった事を凄く後悔した。
お爺ちゃんが死んでしまうなんて若い僕は想像できなかった。
お爺ちゃんのソフト帽は、ボクの頭には小さ過ぎて被れなかったけど、ボクはそれを貰った。
あれから何年も経つけど、いまもソフト帽はボクの部屋の帽子掛けに掛かっている。
食卓のウスターソースを見るとお爺ちゃんを思いだす。
サンドイッチのパンにソースが染みてゆく様子が、お爺ちゃんの笑顔と交差して見える。
そして、小学生のボクもそこに居る。
目を閉じるとある日の散歩コースまで見えてくる。
いまボクはタバコを飲むお爺ちゃんの横でバナナ味の菓子パンをほうばっている。
これは夏休みだな…。