ニッカボッカ

暖かくなってきたから散歩しながら出掛けましょう。
あらイヤだ、5本指ソックスの親指に穴が空いちゃったわ…。
でも地下足袋を履いちゃったらばれないからいいわ。
ニッカボッカの裾をしっかり留めてと。
暖かくなったけど腹巻きだけははずせないわ。
マストアイテム。
今日はラメ入りのやつにしましょう。
サムライジャパンのシャンパンかけに中川昭一大臣が紛れ込んでたらしいわよ。
まったくお酒が好きなんだから。
カラスはカアカア。
ハックショイ!!
花粉症よ。
イヤだわ。
スズメはチュンチュン。
そろそろ職場に着くわ。
着いたわ。
ヒヨコはピヨピヨ。
ウォォォ〜!
オリャ〜〜〜〜!
野郎ども!
目覚ましやがれ!
気合い入れろっ!!
では現場に赴きませう。
鳩はクルックゥ〜。
カラベラ

ボクとカラベラは、これまでずっと並んで歩いている。
ただ、カラベラは歩幅が小さく歩くのが遅いので、ボクはときどき奴の事を忘れて先に行ってしまう。
カラベラはボクに追いつこうと歩幅を広くガチャガチャ音をたてながら早足にやって来るが、ある一定の速度を超えると分解してしまう。
その度にボクは後戻りしてカラベラを組み立ててやらなくちゃいけない。
「私の貴重な時間を無駄にさせやがって!」とカラベラはボクに悪態をつくが、慣れっこなので平気である。
奴の貴重な時間はボクの貴重な時間でもあるので、本当はお互い様なんだけど、ボクはただその事で怒ったりしないようにしている。
カラベラはリュックを背負っていて、そこから何でも出せる。
お腹が空いたら何も言わなくても食事を出してくれるし、飲み物だって出してくれる。
ただ、食べ物や飲み物をボクに渡しながら「何か言う事は?」と必ず聞いてくる。
ボクは心を込めて「ありがとう」と言う。
心を込めて言わないとひどく怒られるからだ。
「ありがとう」と言うと「どういたしまして」と歯をカタカタ鳴らして応えてくれる。
カラベラは食べ物や飲み物は基本的に口にしないが、只一つだけ例外があって飴玉だけは口にする。
ボクに飴をくれたら、必ず自分も包みをむいて口に放り込む。
残念な事に、奴には皮膚も内臓もないから放り込んだしりから道路に飴玉が転がる事になるが、それでも飴玉だけはやめられないらしい。
カラベラの飴玉の様にボクは奴との歩みをやめられない。
居心地の良いカラベラの庇護の下にある。
誰も気付いてないけど奴は愛犬ファニーとボクの隣にいてカラカラ音をたてて歩いている。
ミッキー

小学校3年の頃。
ボクはデニムのジャンパーが欲しくて仕方なかった。
Gジャンってやつだ。
ボクがカッコイイと思う男はGジャンを着ていた。
すり切れて色あせた感じがワイルドで男らしいと思っていた。
ボクの母さんは「男は格好なんてどうでもいい。中身を磨け!」と理不尽な事を平気で言う人なので「Gジャンが欲しい」と言ってはみたが「中身を磨け!」とまったく取り合って貰えなかった。
それでもこれからクールでワイルドになる予定のボクは、くじけずGジャンが欲しいと訴え続けた。
そして、次の年の誕生日にとうとう買ってもらえる事になった。
待ちに待ったその日がやって来た。
憧れのGジャンの入った紙袋を手渡され、期待に胸を躍らせて中身を出した。
それはまぎれも無く待望のGジャンであった。
ボクは小躍りして「ありがとう!」を繰り返し叫んだ。
それから憧れのGジャンをほくそ笑みながらたがめずがめつ眺めた。
表は穴が空くほど眺めたから次は裏を穴が空くほど眺めようと裏返してみた。
「あ〜〜〜〜〜っ!!」と思わずボクは叫んでしまった。
事もあろうに背中一面にミッキーマウスがプリントされているではないか!
クールでワイルドなはずのGジャンなのに、おもいっきりカワイイじゃないか…。
がっかりである。
クールでワイルドになる予定だったボクは「なんでミッキーなんだよ…」と呟きシクシクと泣きました。
母さんはよかれと思って選んでくれたんだろうけど、ボクにとってGジャンミッキーは屈辱だった。
その屈辱的なGジャンミッキーをボクは3年生から5年生まで着つづけた。
丈が短くなってボロボロになったミッキーはそれなりにワイルドだった。
ミッキーはワイルドになったが、ボクはあんまり変わらなかった。
先生

小学校4年の頃。
担任の先生は女だった。
先生になったばかりでボクたちが彼女にとって初めての生徒だった。
面白い先生で、よく冗談を言ってボクたちを笑わせた。
ボクが町でたまたま彼女と会ったとき、大きなサングラスをかけてガムを噛んでタバコを吸っていた。
彼女は学校で会う時と同じ調子の笑顔でボクの名前を呼んで手を振った。
だけど何故だかボクはとても決まりが悪かったので走って逃げた。
次の日「なんで逃げるんだよ!」とキーロックされた。
ボクは悪態をついてまた逃げたけどちょっと嬉しかった。
ボクは体操と図工の他は恐ろしいくらいに駄目だった。
宿題もやっていかない事に決めていた。
ある日、先生に「宿題はしなくてもいいから絵でも何でもいいからノートに書いて提出しなさい」と言われた。
「何でもいい」ならとボクはデタラメな日記を書いては先生に渡す事にした。
風が強い日に傘をさしたらアメリカに飛ばされたとか、体は犬で顔が人間の生き物を見たとか、嘘ばかり書いた。
そしたら不思議な事に先生は毎回花丸をくれた。
「将来、小説家になりなよ」なんて言って褒めてくれた。
ボクが4年の夏に先生は結婚してボクが5年の秋に離婚した。
まあちょっといい先生だった。
トロロ

真冬である。
由起夫とノン子は揃いのPコートの襟を立て肩をすくめて寒そうに歩いている。
寒さを紛らわすためか由起夫が鉄腕アトムの歌を間違った歌詞でうたっている。
「山を越えて〜ラララ星のアナタ〜♪」
あまりに適当な歌詞でうたうのでそれを知っているノン子は思わず「いい加減にも程があるわね」と言った。
由起夫は「いい加減」という言葉にまったく心当たりが無いらしく「これはトロロの歌さ」と自身満々に応えた。
「トロロ?」とノン子は思った。
そして暫く考えて結論を出した。
「トトロ」である。
由起夫は鉄腕アトムの歌を間違えて憶えたうえに、それを「トトロ」の歌と勘違いして、さらに「トトロ」を「トロロ」と憶えてしまっている。
何一つ正しい箇所が無い。
すべて誤りである。
会話が終わると由起夫は歌をやめて、二人は何も言わず寒さに肩をすくめて歩いている。
二人の横を季節感を無視した妙に薄着の西洋人が闊歩して通り過ぎた。
由起夫が「頭おかしいな」と呟くと、ノン子も「頭おかしいね」と呟き微笑みあった。
由起夫がまた「トロロ」の歌をうたい出した。
ノン子は「頭おかしいね」と今度はひとりで微笑んだ。
お〜くぼ食堂ライブ!
マフラー貸してくれない?

悪いんだけどボクの右腕とキミの右腕を交換してくれないかな。
できればそのスラリとした右足も欲しいんだけど。
もちろんボクの右足は進呈しますよ。
キミのより短いけど…。
ちょっと待って、物凄いスピードでキミと衝突したらキミの中に入れるかもね。
できれば半日くらいキミの中に入って双眼鏡で遠くの景色を眺めたい気分なんだ。
やってみていい?
じゃあ100メートル離れるよ。
(タッタッタッタッタッ)
お〜い聞こえるかい?
ボクがドンって大きな声で言ったら、こっちに向かってあらん限りのスピードで走って来て。
いくよ”ドン”。
(タッタッタッタッタッ・グシャッ!!)
痛タタタタタタァ〜。
こりゃたまらなく痛いね。
やっぱり無理だったね。
ボクは特にここが痛い。
アザになってる。
あちゃ〜キミのも酷いね。
やめときゃよかったねぇ〜。
うん、うん、やめときゃよかった。
悪いんだけどキミのマフラー貸してくれない?
今晩まいて寝るから。